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マラソンに参加するため約3年ぶりにシドニーへ

こんにちは。旅行が大好きでフットワークが軽めな古田です。今回、約3年ぶりにシドニーマラソンに参加しました!マラソン以上に心拍数があがる出来事がありましたが、結果オーライ。久しぶりの海外の様子をお届けします。

観光地を回るマラソン大会

海外のマラソンは2019年9月のシドニーマラソンが最後。実はシドニーマラソンは今回で3回目の参加。9月のシドニーは日本の春のような季節で、1年を通して降水量が少なく、気温的にも最高にちょうど良く、じんわりと汗をかいてくる感じ。天気も良く、走りやすい気温でした。

シドニーの観光地を全部回るマラソン大会で、21キロを2時間かけてゆっくり走りました。見渡す限り、世界遺産のようなきれいな建物が多く歴史のある建物を見ながら、写真を撮り、友人とぺちゃくちゃ話し楽しみながら走りました。

シドニーの象徴と言われるハーバーブリッジを走って渡りました。

マラソン完走後のビールが美味しすぎる

ビールのために走っていると言っても過言ではない。いつも一緒に走っているメンバーはビールのために集まっています(笑)本当に、完走後のビールが最高すぎる。美味しすぎました。

その他にステーキやシーフード系、アジア料理を中心にたくさん食べました。

この日はエリザベス女王の国葬の前日だったこともあり、世界遺産のひとつであるオペラハウスで肖像画がプロジェクションマッピングで照らし出されていました。

シドニーはやっぱり最高な場所

以前と比べて、街から人がいなくなってて、お店もがらりとしていたりと変わったなと実感。少し寂しさもありつつ、これからまたどんどん海外に行きたいなと改めて思いました!シドニーは時差ほぼないし、羽田から飛行機で9時間と遠いけど、やっぱり最高な場所でした。

爽やかな旅の記録で終える予定が、最後の最後で珍道中に

もともと行き帰りの機中2泊を含めた弾丸スケジュール。帰国する日の夕方に福岡での仕事の予定が入っていましたが、3年前も早朝帰国からの当日出社をきめ込んでいた私は、今回も余裕でこなせるスケジュールのはずでした。

旅行に行った日は、一番台風が発生すると言われている9月。案の定台風が日本に着々近づいている中、前日に確認した予報では台風は少し北の方へ逸れつつも、帰国便が着陸する予定の羽田はギリギリ暴風域に入っていました。もしかして、羽田に着陸できずに台風のすぎた福岡空港に行きます。となってくれたら私超ラッキーじゃない?くらいに思っていました。(後から考えればこれがいわゆる「正常性バイアス」というやつです)

それでも最新の情報は分かるようにしておかねばと思い、搭乗予定のカンタス航空の運行状況のWebサイトをブックマークしつつ、最新情報をメールで受け取るにチェックを入れて登録しておきました。でもそれですっかり安心してしまっていた。チェックアウトしたホテルに荷物を預け、街でお土産を両手いっぱいに買い、夕暮れに近づくシドニーのハーバービューを眺めながら、次来れるのはいつかな〜なんて思いにふけり、ホテルまで戻るためのフェリーを待っていたその時。ふとスマホを見ると、カンタス航空からのメールが。

「QF25便のスケジュールが変更になりました。2022年9月20日の13:05にSydneyを出発します。」
シンプルすぎて二度見。ちょっと待て。今日は19日。明日の昼?時差は1時間。14時か。え?この日本時間には私は福岡に着いていて、何ならオフィスにいるはずの時間。そして大事な会議が入っている・・・。高鳴る鼓動。マラソンでもここまで心拍数は上がりません。とにかく、明日の会議の進行を誰かに代わってもらわなければ。その日の会議出席者は、全員私より役職が上の方ばかり(笑)

  • 機内Wi-Fiからオンライン接続できるか

  • 航空券の変更が可能なら1-2日延泊して、会議は全部シドニーからリモート出席することにするか

短時間であらゆる可能性をシミュレーションしました。最終日と思って残った小銭をかき集めて買ったフェリーのチケット。桟橋で待っていたまったり時間が、急に暗転してしまいました。

まずは今日泊まるホテルの確保。あとは、搭乗便の変更可否を確認せねば!手配会社に電話するも繋がらず、問い合わせチャットに連投。並行して、仕事を早退して空港まで見送ると言ってくれていた現地に住む友人にLINEで現状報告。加えて別の航空会社の予約サイトをスマホでくるくる操作しながら、元のホテルに荷物をピックアップしに戻りました。結局、そのホテルで直接フロントに延泊交渉したところ、奇跡的に1室だけ空いているということで何とか最小限の移動ロスで延泊できることに。再度ホテルの部屋に入り、PCをWifiに繋いで、明日の会議を代わりに回してもらえそうな人に連絡を入れました。そして明日使う資料をチェックし、不足がないことを確認。これさえ引き継いでしまえばとりあえず会議は大丈夫だ。やっと一息つけました。

次の日の飛行機、変更できるか?別の航空会社のサイトを検索しました。無理やり+20万円払えばANAの便が1席だけ空いている。それだと同行の友人は一緒に帰れないし、精算とかいろいろあるし・・・やきもき検索している間に、当日中に飛びそうだった飛行機の座席は既に埋まってしまいました。

「明日の会議に私が出るのは無理だ。」

とりあえずお腹も空いたので、友人が手配してくれたベトナムレストランで、晩御飯を食べました。朝になり腹をくくり、会議の出席メンバー全員(社長・副社長含む)におそるおそるチャットメッセージで、事の顛末を簡潔に送信。弾丸旅行で遊びに来て台風で帰れなくなった申し訳無さと、いい大人のくせに自分の読みの甘さに恥ずかしくなる気持ちを押さえつつ、連絡しました。私自身おおごととして捉えていましたが、皆さんはそうでもなく意外にも「大変ですね」「大丈夫ですか」と心配してもらいました。私の心境を察していたのか、「あまり気にしないで気をつけて帰ってきてね」という社長の一言がありがたかったです。晴れた翌日の朝、カンタス航空の飛行機は、まるでその時間に最初から飛ぶ予定だったかのように、静かにシドニーを後にすることができました。

東京に着いたのは深夜でしたが、遅い時間の着陸便のために、多くの検疫係員の皆さんが配置されていました。ちょうど1週間ほど前から帰国時のPCR検査が不要になるなど、入国ルールが緩和されていたところだったのですが、降りてきた乗客とほぼ同じ位の数の係員が待ち構えていて、スムーズに検疫を通過してもらうために皆さん必死で確認作業をされていた。色々な職業や立場から派遣されているのだと思いますが、本当に頭が下がる思いでそこを通過し、帰路につきました。コロナ禍で我慢していた旅行やマラソンなどのイベントに、またこうして無事に参加できるようにはなったけれど、今まであまり何も考えずにスムーズに行けて当然、何とかなるだろうと思っていたことも、実は多くのインフラ・交通の磨かれたオペレーションや周到に準備された人員体制があったからこそ、出来ていたことだということ。天災や疫病、事故などの予期せぬリスク(いつだって起こりうるリスク)と事象に、自分がどう向き合うのかということ。以前の自分たちの生活を取り戻しつつあることを実感し、嬉しくなる一方で、決して今までと同じ当たり前がある前提で過ごしていてはいけないなと実感した旅でした。

少し暗くなってしまいましたが、何より元気に帰ってくることができて良かったと思います。また来年も参加します!

Written by 古田

ディーゼロで総務と人事を担当。
ふらっと旅に行っちゃうほど、旅行が大好き。
福岡に来て丸1年。まだまだ福岡のこと勉強中です!